Merry Christmas Eve
 ――12月24日。
 今日は、クリスマス・イヴ。

「なぁ、キャンドルライトの数多すぎじゃね?」
「そう? 始まったらこのライトだけが頼りになるんだし、多い方がいいでしょ?」

 先日、終業式が終わって冬休みが始まったばかり。
 本当なら休みだけど、前からクラスでクリスマス会をすることになっていて、こうして皆で教室に集まって飾り付けをしているところ。

「あとは、この星を飾るだけなんだけど……」

 わたしは女子数人と一緒にクリスマスツリーの飾り付けを担当。
 あとは手に持っているこの星をツリーの先端に飾れば終わり。

(……わたしの身長じゃ、無理かも)

 教室の天井に届きそうなくらい大きなツリー。わたしの身長じゃ到底ツリーの先端には届かない。

「どうしよう。脚立使えば何とか届くかな……?」
「ばーか。脚立使ってもじゃ届かねぇよ」

 そう言って、こつ、とわたしの頭を小突いたのは樹くんだった。

「……ほら、貸せ」
「あっ!」

 わたしから星を取り上げたあと、樹くんはそれを空中に放り投げた。
 その瞬間、やわらかい風がわたしの頬を掠めた。
 投げられた星は床に落ちること無く、その風でふわりと舞い上がる。そして、導かれるようにツリーの先端へ。

「すごい……! ありがとう、樹くん!」
「べ、別に。その……あの星が無いと、クリスマスツリーっぽくねぇからな」
「そうだね、クリスマスツリーの先端につける星は重要だね。……でも、良かった。わたしじゃ星が付けられるかどうかわからなかったから」
「あのさ、誰かに頼むとかあるだろ」
「時間も無いから皆忙しそうにしてるし、頼みづらくて」
「俺に言えばいいだろ」
「え?」
「あ、いや、だから……。
 ……俺は、忙しいからって、断ったりしない、けど」

 わたしから顔を逸らして口元を押さえる樹くんは、耳まで赤かった。
 その様子に、自然と笑みが零れる。

「何笑ってんだよ」
「ふふっ、ごめんなさい!
 ……じゃあ、次からは樹くんに頼むことにするね」
「……おう」

 まだ少し顔が赤いけど、樹くんは嬉しそうな表情を浮かべてわたしの頭をくしゃりと撫でた。

「あ、星付いたんだね! じゃあ一度ツリー点灯させてみよっか!」
「作業中断! 一回電気消すよー!」

 作業を中断し、教室の電気を消す。今は夕方だけど薄暗くなるのが早いから、電気が無いと教室の中も暗くなる。
 そして、クリスマスツリーを点灯させるために、スイッチを入れた。

「綺麗……」
「ツリーでこれなら、キャンドルライトはどんな感じになるんだ?」
「何だかわくわくしてきたね!」

 周りにいるクラスメイト達は、無事点灯したクリスマスツリーを見て感嘆の声をあげている。
 それは、わたしも例外では無かった。

「わぁ……! すごく綺麗……!」
「本当、結構綺麗だな」

 ツリーの灯りで残りの作業をしよう、とクラスメイト達が作業に戻る中、わたしはツリーの前に立って眺めていた。
 すると、隣に立っていた樹くんが距離を縮めてきた。
 わたしの肩に樹くんの腕が触れたのがわかって、顔が熱くなるのがわかる。

「……クリスマス・イヴって、恋人と過ごす奴が多いんだってな」
「そ、そうなんだ」
「そうなんだって、何だそれ」
「だ、だって、わたし……あの……樹くんが、初めての彼氏、だから」

 わからない、と続けるつもりだったけど、あまりの恥ずかしさで言えなかった。

(……絶対、顔赤い……!)

 顔を俯けていると、右手にそっと手が添えられる。
 ゆっくりと視線を動かして確認すると、樹くんの手だった。

「あ、あの、樹くん」
「……俺だって、が初めてだよ」

 ぎこちない動きで、指が絡まる。
 その動きに合わせて、わたしもおそるおそる指を絡めていく。
 樹くんの手に、少し力が入った気がした。

「だから、と同じでわからねぇことだらけだけど。
 …………でも、と一緒に過ごしたいって、思う」
「――――っ」
「クリスマス会も楽しいと思うけどさ。…………なぁ、。俺と」

 絡み合っていた指が急に離れる。樹くんの視線の先には、クラスメイトの男の子。

「樹、さん。もう始まるから食事とかドリンクの準備してくれよ」
「……あぁ、わかった」
「う、うん」

 樹くんはわたしに背を向けてどこかへ行ってしまった。
 先程まであった樹くんの温もりが無くなった手を見て、わたしは寂しさを感じた。




 ――完全に日も暮れて、クリスマス会が始まった。
 たくさんのキャンドルライトとクリスマスツリーで彩られ、定番のクリスマスソングが流れている。
 このクリスマス会最大のメインでもあるプレゼント交換までは好きなように過ごしていいみたいで、ダンスをしたり、出し物をしたり、皆好きなように過ごしていた。
 わたしは樹くんのことが気になって何もする気になれず、壁に凭れてその様子を眺めているだけ。

(プレゼント交換、かぁ)

 皆で輪を作って、音楽を鳴らして、鳴り終わるまでプレゼントを回す従来のものとは少し違う。
 プレゼントを交換したい人と交換するイベント。
 だから、交換したい人が拒否してしまうと、交換が成立しない。

(……そういえば、樹くんはどこ行っちゃったんだろ)

 樹くんは教室にはいないみたいで、どこにいるのかわからない。

(準備のときは確かに教室にいたはずなのに)

『…………でも、と一緒に過ごしたいって、思う』
『クリスマス会も楽しいと思うけどさ。…………あの、さ、。俺と』

 クリスマス・イヴは、恋人と過ごす人が多いらしい。
 今までそんな人がいなかったから、わたしにはあまり実感が無いけれど。

(わたしも……樹くんと、一緒に……)

ちゃん、元気ないね」
「冬道くん」
「あ、わかった。ずばり、陽介がいないからだ!」
「ち、ちが……」
「違うの?」
「……ううん、違わないです……」

 そう、わたしは寂しいんだ。
 隣に樹くんがいないから。

「むっふっふー、そんな君に俺からのプレゼント!」
「え? プレゼント交換の時間はまだだと思うけど」
「わかってるよ。って言うか、その時間だったとしても、ちゃんは俺とプレゼント交換する気まったく無いでしょ?」

 いじわるな笑みを浮かべる冬道くんの言う通り。
 わたしが用意したプレゼントは、樹くんに渡すためだったから。

「う……」
「だから、これは交換じゃなくて、俺が一方的に渡すプレゼント。はい、どうぞ」
「これは……手紙?」

 冬道くんから渡されたのは、折り畳まれた紙。
 開くと、一文だけ書かれていた。

『陽介は、屋上でいるよ』

 思わず目を丸くすると、冬道くんは口元に人差し指を当ててにっこりと笑った。

「陽介のこと、さがしてたんでしょ?」
「……うん」
「皆には秘密にしておいてあげる。だから、行ってきなよ」
「……行ってきても、いい?」
「もちろん! さ、早く行ってあげて」
「でも、途中で抜けても大丈夫かな」
「大丈夫だよ。皆浮き立ってるし、気付かれないと思う。 もし気付かれたとしても、俺が何とかしてあげるよ。
 なんたって! 今日の俺は恋のキューピッドだからね!」

 ほら、と冬道くんに背中を押され、わたしはお礼を行って教室を飛び出した。
 もちろん、樹くんのプレゼントは忘れずに。
 廊下は電気がついていなくて、薄暗い。そして、寒い。
 普段とは違って誰もいない廊下は少し怖い気もしたけれど、わたしは屋上まで走って向かった。




「……はぁ、はぁ……。着いた……」

 肩で息をしながら、わたしは屋上へと続くドアを開けようとドアノブを回す。

「……あ、あれ」

 中々回らない。

「鍵が閉まってる、とか?」

 両手で回そうとしてみるけれど、さっきとそう変わらない。
 何となく、押したり引っ張ったりもしてみるけれど、開く気配は全くない。
 廊下を走って、階段を上って、やっと屋上へ着いたのに、今度はドアが開かないなんて。

(……屋上で、いるんだよね)

 早く、逢いたいのに。

「何で、開かな……きゃっ!?」

 今まで回らなかったドアノブがすんなり回って、ドアが急に開きだす。
 体をドアに預けていたせいで、わたしは前によろけた。

「うわっ、!?」

 けれど、飛び込んだ先は床じゃなくて、逢いたいと願っていた人の腕の中。

「樹、くん」

(……あれ?)


「びっくりした……。何でドア開けた瞬間倒れてくるんだよ」
「だ、だって、ドアが中々開かなくて!」
「だからガチャガチャさせてたのか。けど、鍵は掛かってなかっただろ?」
「掛かってなかったけど……」
「だったら普通開くだろ」

 変な奴、と樹くんは笑って、わたしから体を離そうとする。

「……?」
「あ、ご、ごめんなさい!」
「いや、謝ること、ない、けど……」

 離れようとする樹くんを留めるように、わたしは彼に抱きついていた。

(……やっぱり)

「……樹くん、いつから屋上にいたの?」
「いつ……あー……準備終わってから?」
「そ、そんなに前から!? どうして屋上に!?」
「し、仕方ねぇだろ。……二人きりにはなれねぇし、でもプレゼントは渡したいし……。
 どうやって渡せばいいんだって、悩んでて……。でも、結局よくわかんなくなって、一回頭冷やそうって思って、屋上に来た」

 考えるのは苦手だと呟く樹くんの体は、冷え切っていた。
 クラスメイトの男の子に声をかけられて、準備をして、そのあとからずっと屋上にいたと言うのだから、冷え切って当然。
 わたしは手に持っていた紙袋から取り出したものを樹くんの首に巻きつけた。
 それは、樹くんに渡す予定だったプレゼント。

「何……」
「は、初めてだからちょっと、不恰好かもしれないけど……でも、頑張って、編んだの」
「これ、が……?」

 こくん、と頷いた。
 樹くんの首に巻いたのは、手編みのマフラー。
 編み物は全くしたことがなくて、ところどころ力が入りすぎたり、抜けすぎたりして、見た目はマフラーに見えるけれど、どこか不恰好なものになってしまった。
 不安で、わたしは樹くんのシャツを握る。すると、樹くんから強く抱きしめられた。

「た、樹くん!?」
「ありがとう! すっげぇ嬉しい!」
「ほ、本当? 嫌じゃ、ない?」
「嫌なわけねぇだろ! 本当に嬉しいって! ……大切にする」
「良かったぁ……」

 喜んでいると、樹くんはポケットから何かを取り出して、わたしの後ろで手を動かしている。

「ひゃっ……!」
「お、おい、動くなって」

 首元に何か冷たいものが触れた。
 樹くんの手かと思ったけれど、そんな冷たさじゃなかった。

「何して……」
「だーかーら、動くなって! くそ……手がかじかんでうまくつけらんねぇ……」
「?」
「プレゼント交換は、交換したい奴と交換、だろ?
 ……お、いけたか? よし、もういいぜ」

 樹くんが少しだけ体を離す。
 わたしの首元を見て、笑顔を浮かべた。

「中々似合ってんじゃん」
「もしかして……ネックレス?」
「お、おい。外そうとするなよ」
「だって、わたしからじゃ、ちゃんと見えない」
「俺がかじかむ手で一生懸命付けたんだから、外すなって!
 ……見るなら、あとでいくらでも見れるだろ」
「そう、だね。……ありがとう、樹くん。ネックレス、大切にするね」
「俺も、大切にする」

 そっとわたしの頬に触れる樹くんの手は、やっぱり冷たい。
 その手に、わたしも自分の手を重ねる。

「……なぁ」
「……なに?」
「キス、してもいいか」
「え……」
「べ、別に嫌ならしないけど」
「い、嫌じゃないよ! ……嫌じゃ、ない……」

 キスは、初めてじゃない。
 それでも、あの恥ずかしさは今も慣れない。

(だ、だけど、今日は特別な日で、それで……)

 こぶしを作って、ぐっと力を込めた。

「……よ、よし。来いっ!」
「ぷ……来いってなんだよ」

 ぎゅっと目を瞑っていると、しばらくして唇に軽く触れるだけのキスをされた。
 何だか物足りなさを感じてしまって、そっと目を開けると、至近距離に樹くんの顔があった。

「――――っ」
「……何」
「あ、え、えーっと……も、もう、終わりなのかなって……」
「え?」

(何を言ってるんだろう、わたし……!)

 恥ずかしさから、顔を俯けて、樹くんの体を押した。

「や、やっぱり何でも……!」


 顔を持ち上げられて、強引に唇を塞がれる。
 今度は、さっきみたいに触れるだけじゃない。貪るように口づけられ、何度も角度を変えられる。
 次第に息が苦しくなってきて、思わず樹くんの肩を押すけれど、何も起きない。
 立っているのがしんどくなってきて、足に力が入らなくなる。
 そこで、ゆっくりと唇が離れた。

「ふぁ……」
「……お前、鼻で息ぐらいしろよ」
「……はな?」
「……普段鼻で息してるだろ? え、してるよな!?」
「し、してるけど……」
「だったら、キスしてるときも鼻で息しろよ」

(……しても、いいんだ)

 知らなかった。
 普通は、息を止めてするものだと、そう思っていた。
 わたしの様子を見て何か感じ取ったのか、樹くんは肩を震わせて笑い出した。

「そ、そこまで笑わなくても!」
「だ、だって……ははははははっ! ま、まさか、知らなかったなんて……!」
「……キスとか、慣れてないもん」
「なるほどな。……だったら、慣れればいい話だろ?」
「ま、待って。どうしてそうなるの?」
「っつーか、慣れてくれねぇと俺が困る」
「樹く――――」

 寒空の下、何度も何度も口づけを交わす。
 気が付けば、樹くんもわたしも、体は冷たくは無くなっていた。
 わたし達がクラスメイト達と合流するのは、クリスマス会が終わって片づけをしている頃だった。








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